夜空に大きな環を従えてゆっくり巡る土星。子どものころに図鑑で見て、その姿に魅了された方も多いのではないでしょうか。実はこの土星、「1日が何時間なのか」という素朴な疑問にすら、科学者がここ40年ほど答えを出せずにいました。米ScienceDailyが伝えた「天文学者が長年の謎、土星の自転問題をついに解決」によると、英ノーザンブリア大学などのチームが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の観測でこの謎の正体を突き止めたといいます。鍵を握っていたのは、土星のオーロラと大気の意外な「相互作用」でした。今回は、この発見の中身と私たちの惑星科学への意味をやさしく読み解きます。
40年も解けなかった「土星の1日」問題
地球の1日が約24時間と決まっているのに対し、土星の自転周期は長らく観測のたびに違う値が出るという、教科書を悩ませる存在でした。
きっかけは、1980〜81年にボイジャー探査機が土星から届く電波の周期から「土星の1日は約10時間39分」と算出したことです。ところが2004年以降、土星を周回したカッシーニ探査機が同じ手法で測ると、その周期は約6分も長くなっていました。WIRED日本版の解説記事「『カッシーニ』の新データで土星の自転に新たな謎」も指摘しているように、巨大な惑星の自転がわずか20年でそんなに変わるはずはなく、観測手法そのものに疑問が向けられていました。
問題をさらにややこしくしているのが、土星の磁軸の不思議さです。地球やほかの惑星では、自転軸と磁場の向きには10度以上のずれがあるのが普通です。ところが土星は、自転軸と磁軸の傾きが0.06度未満と、ほぼ完全に揃っていることが分かっています。これでは、地球で使うように「磁場の傾きから自転を測る」という王道のやり方が通用しません。土星はそもそも、外から自転の手がかりをつかみにくい惑星なのです。
JWSTが暴いた「オーロラのポンプ」
今回のチームが目をつけたのは、土星の極で光るオーロラと、その上空にある大気です。北極を1土星日ぶん追いかけて、JWSTで赤外線の輝きを連続観測しました。
研究者たちが手がかりにしたのは、土星の上層大気にあるトリ水素陽イオン(H3+)という、赤外線を強く放つイオンです。これは温度や荷電粒子の密度を読み解く手がかりになるため、いわば「土星の上層大気の地図」を描く役目を果たします。これまでの観測では摂氏50度ほどの誤差がありましたが、JWSTはその10倍細かい違いまで見分けられました。その結果、オーロラの周辺で大気の温度や風が複雑に揺れ動く様子が初めてはっきり捉えられたのです。
そこから浮かび上がったのが、論文の責任著者でノーザンブリア大学のトム・ストーラード教授が「惑星の熱ポンプ」と呼ぶ、熱・風・電流が互いに支え合う循環です。
その流れを整理すると、以下のようになります。
- 太陽からの粒子や磁気圏の電子がオーロラを光らせ、上層大気を温める
- 温められた大気は強い風となって流れ出す
- その風が荷電粒子を運び、電流を生み出す
- その電流がまたオーロラを輝かせ、大気をさらに温める
つまり、外からは「自転が変わっている」ように見えていた周期の揺らぎは、実は土星自身が抱える気象と電気の循環が生み出していた、というわけです。土星そのものが速くなったり遅くなったりしているのではなく、自転の目安にしていたオーロラ由来の電磁信号が、大気の風によって揺らいでいたのです。
記者の視点:日本の惑星探査にも追い風
この発見は、土星単体のニュースにとどまりません。日本の天文学コミュニティにとっても、いくつかの意味で見逃せない研究です。
第一に、JWSTはNASAを中心にESA(欧州宇宙機関)、CSA(カナダ宇宙庁)が参加する国際プロジェクトですが、その観測データは日本の研究者にとっても重要な研究基盤になっています。日本では、ESA主導の木星氷衛星探査計画JUICEへの機器協力や、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の火星衛星探査計画MMXなどが進行中です。土星で見えてきた「大気と磁気圏が一体で動く」という発想は、木星や火星の上層大気を読み解くうえでも、そのまま応用できる視点です。
第二に、この研究は「太陽系外の惑星」を考えるうえでもヒントになります。系外惑星の多くは恒星に近く、強い放射を浴びているため、土星と同じように大気と磁気圏が複雑に絡みあっている可能性があります。日本の研究者も関わるすばる望遠鏡や、将来計画であるTMT(30メートル望遠鏡)などで系外惑星の大気を観測する流れがあり、今回の「自己駆動型の循環」を頭に入れておくと、将来のデータの読み解きも一段深くなるはずです。
そして第三に、ボイジャーやカッシーニから蓄えられた過去の観測データを読み直す動きも加速しそうです。20世紀後半に取られたデータが、最新の理論と望遠鏡の助けで「実は別の意味だった」と分かる──宇宙の研究は、新しい衛星を打ち上げなくても、こうして何度でも宝の山に化けてくれます。
太陽系の常識をやさしく書き換える発見
土星の自転がコロコロ変わって見えたのは、惑星そのもののせいではなく、そのまわりを取りまく「気象と電気の劇場」のせいでした。地味でとっつきにくく感じられがちな惑星科学ですが、今回の発見は「観測の見方を変えると、当たり前と思っていた現象がまったく違う顔を見せる」という、研究の醍醐味そのものです。
夜空でぼんやり光る土星を見上げる機会があれば、その表面を覆う雲の上で、オーロラと風と電流が互いに影響を与えながら循環し続けている──そんなダイナミックな世界を想像してみてください。今後の探査機や次世代望遠鏡が、この複雑な相互作用をさらに細かく描き出してくれるのが楽しみです。
