私たちが毎日使うカーナビやスマートフォンの位置情報は、実はアインシュタインの相対性理論を計算に取り込んで成り立っています。時間や空間が、ふだんの感覚どおりにはふるまわないからです。そんな理論が予言するもうひとつの不思議な現象が、これまでで最も高い精度で確かめられました。今回は「軌道上のディスコボールがアインシュタインの理論に史上最も精密な検証をもたらした」という報道をもとに、地球が時空をねじる様子を、ゴルフボールとミラーボールを合わせたような奇妙な衛星がどう捉えたのかを見ていきます。
回転する地球が時空を「引きずる」
一般相対性理論は、質量を持った物体が回転すると、その周りの時間と空間がいっしょに引きずられるように渦を巻くと予言します。この現象はフレームドラッギング(慣性系の引きずり)、または理論を組み立てた2人の物理学者にちなんでレンズ・ティリング効果と呼ばれます。1918年に理論化された、古くて新しいテーマです。
この効果は、質量が大きく自転が速い天体ほど強く現れます。そのため、これまでは主に巨大なブラックホールの周りで観測されてきました。くわしくは慣性系の引きずり(Wikipedia)や自転するブラックホールの観測例(WIRED)も参考になります。
一方、地球でこの効果を測るのはずっと難しい挑戦でした。地球は典型的なブラックホールより何百万倍も軽く、しかも自転がゆっくりだからです。それでも今回、研究チームは地球のフレームドラッギングを、誤差わずか0.2%という過去最高の精度で測定することに成功しました。
ディスコボールのような衛星「LARES-2」
その主役が、イタリア宇宙機関が開発した衛星LARES-2(レーザー相対論衛星2号)です。インコネル718という密度の高いニッケルクロム合金でできた直径約40cmの塊で、表面には光を来た方向へそのまま返す反射器が303個も埋め込まれています。ミラーボールのような見た目は、ここから来ています。
重さは約295kg。エンジンも太陽電池も電子機器も一切持たない、ただの重い金属球です。この「小さくて重い」という性質が重要でした。表面に光の粒子が当たって押される力などをできるだけ小さくし、ほぼ重力だけで動く理想的な物体に近づけるためです。
LARES-2は2022年7月にヴェガC ロケットで高度約1万2265kmの軌道へ運ばれました。研究チームは地上からレーザーの短いパルスを衛星に打ち、返ってきた光からその位置を約1mmの精度で割り出します。2022年7月から2025年6月までに集めた約20万回の観測が、測定の土台になりました。
地球のゆがみと潮汐、二つの難敵を消す
ただ、精密に位置を測るだけでは足りません。地球は完全な球ではなく赤道あたりがふくらんでいて、この形が生む古典的な力は、探したい効果よりもけた違いに大きいのです。
そこで使われたのが、2つの衛星を「傾きの合計が180度になる軌道」に置く工夫です。組み合わせて用いられたのは、1976年にNASAが打ち上げた測距衛星LAGEOSで、2機の軌道の傾きの合計は180.01度でした。この配置だと、地球のふくらみによる乱れは2つの軌道で打ち消し合い、フレームドラッギングの信号だけが同じ向きに足し合わさって生き残ります。
もう一つの敵が、月と太陽が地球の重力場を周期的に揺らすK1潮汐でした。チームは衛星の歳差運動がちょうど一周する1050日ぶんのデータを集め、この揺れを平均化して取り除きました。最後に残ったのは、軌道面の向きが年間約61.3ミリ秒角ずつずれる、ごくわずかで安定した変化でした。これこそ時空がねじれている証拠であり、アインシュタインの予言とほぼぴたりと一致しました。
記者の視点:測って「消す」ことの価値
今回の成果は理論を再確認しただけではありません。研究者が本当の価値と考えているのは、何を「否定できたか」です。一般相対性理論は量子力学とうまく折り合わず、ダークエネルギーも説明できません。その穴を埋める有力候補のひとつがチャーン・サイモンズ理論で、これはフレームドラッギングの強さを少し違う値で予言します。今回の高精度測定は、その理論が取りうる範囲を大きく狭めました。
さらに副産物として、K1潮汐の強さそのものも精密に測れました。潮汐の理解が進めば、地震の研究にも間接的に役立つ可能性があるといいます。応用はまだ間接的な段階ですが、地震大国である日本の読者にとっては、宇宙の実験が足元の防災につながりうるという点は見逃せない論点といえるでしょう。
100年先まで働き続ける「時空の目撃者」
この種のレーザー測距衛星には、数百年という桁で長持ちするという珍しい性質があります。待てば待つほどデータがたまり、測定の精度はさらに上がっていきます。研究者は「100年待てば、理論物理学にとってもっと役立つ道具になる」と語ります。派手なエンジンも高性能な電子機器もない金属球が、静かに地球を回りながら宇宙の根本法則を見張り続ける。そんな地道な科学の営みが、次の世代に手渡されていくのです。
