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AIが設計した人工ハサミ、CRISPRが自然を超える日

自然が40億年かけて磨き上げてきた道具を、人間が数か月で追い抜けるものだろうか。遺伝子を狙った場所で切り貼りするゲノム編集技術「CRISPR」は、もともと細菌がウイルスと戦うために進化させた免疫のしくみを借りたものです。つまり私たちは、これまで「自然界にあるもの」しか使えませんでした。ところが今回、その常識に小さな穴が開きました。「AIが設計した『分子のハサミ』でCRISPRが強化される」という報告によれば、AIが一から設計した人工の酵素が、天然のものより効率よく遺伝子を編集してみせたのです。この記事では、何がどうすごいのか、そして日本の私たちにどう関わるのかを見ていきます。

「分子のハサミ」はなぜ改良が難しかったのか

CRISPRのしくみは、たとえるなら「案内係」と「ハサミ」の二人組です。ガイドRNAと呼ばれる短い分子が案内係となり、狙ったDNAの配列まで酵素を連れて行きます。そこで酵素が分子のハサミとして働き、目的の場所を切ります。この切り口を使って、遺伝情報を書き換えたり、削ったり、付け加えたりできるわけです。よく使われる Cas9Cas12 といった酵素は、いずれも細菌から借りてきたものでした。

問題は、この道具が驚くほど繊細だということです。ハサミが正しく働くには、決められた手順を寸分たがわずこなす必要があります。今回の論文の責任著者で、2020年にノーベル化学賞を受賞した生化学者は、その難しさをこう表現しています。少し手を加えると、変化そのものは起こせても、たいていは機能しない別物になってしまう、と。つまり研究者たちは長らく、「自然がすでに作り上げたもの」から大きく踏み出せずにいたのです。

AIに「完成形」から逆算させる

では、どうやってこの壁を越えたのでしょうか。研究チームが選んだのは、正攻法とは逆向きの発想でした。

タンパク質が働くには、決まった立体的な形をとる必要があります。そこでチームはAIに、まず酵素の「完成した形」を提示しました。そのうえで、「この形になるための設計図(アミノ酸の並び)を逆算して作り直してほしい」と頼んだのです。この手法は 逆タンパク質折りたたみ(インバースフォールディング)と呼ばれます。ふつうは設計図から形を予測しますが、ここでは形から設計図をたどる、まさに逆算です。

対象に選ばれたのは、TnpB という小型の酵素の一群でした。TnpBは、よく使われるCas12の進化上の祖先にあたります。チームは、この酵素の配列をどこまで大胆に書き換えても、遺伝子を編集する能力を保てるのかを知りたかったのです。AIはたちまち何千通りもの候補をはじき出しました。ただし、この時点ではまだ「形は保てそう」という段階にすぎず、実際に働くかどうかは分かりません。そこで次に必要になるのが、地道な検証でした。

細菌・ヒト・植物、すべてで通用した

AIが出した候補は、実験室での試験にかけられました。結果を整理すると、次のようになります。

  • 細菌・ヒト・植物のいずれの細胞でも、複数の人工酵素が天然のTnpBと同等か、それ以上の編集効率を示した
  • ヒトの一部の標的では、活性が天然型の最大で約4倍に達した
  • 狙った場所以外を誤って切ってしまう「オフターゲット」も少なく抑えられた

AIが設計したこの人工酵素は SynTnpB(合成TnpB)と名づけられました。興味深いのは、なぜ性能が上がったのかを構造から確かめられた点です。天然型とSynTnpBを見比べると、人工酵素にはガイドRNAとDNAが接する境目に、新しい結びつき(静電的な引き合いや水素結合)が生まれていました。案内係と切断対象をより確実につなぎ止める仕掛けが、AIの手で加わっていたわけです。生き物が長い進化のなかで一度も試さなかった組み合わせを、機械が見つけ出した——そう言い換えることもできます。

記者の視点:日本の「小さな設計図」が武器になる

今回の成果は、ゲノム編集という個別分野の話にとどまりません。ある研究者は、CRISPRが「誰もが自在にDNAを編集できる」状況を生んだように、AIによるタンパク質設計は「誰もがまったく新しい性質をタンパク質に持たせられる」時代を約束する、と評しています。二つの変革的な技術が結びついた、という見立てです。

ここで日本の立場を考えてみます。SynTnpBが素材にしたTnpBは、Cas12より小型であることが大きな利点です。ゲノム編集を医療に使うとき、体の中へ「運び屋」で送り込む必要がありますが、酵素が小さいほど運びやすくなります。日本は遺伝子治療や再生医療、そして農作物の品種改良で世界的な研究層を持っています。高価な巨大設備よりも、小さくて扱いやすい設計図の良し悪しが勝負を決めるのだとすれば、それは日本の得意分野と相性が良いはずです。冒頭で投げかけた「人間が自然を追い抜けるのか」という問いに対する今回の答えは、「AIを相棒にすれば、少なくとも肩を並べ、時に一歩前へ出られる」というものでした。

「自然の模倣」から「自然の拡張」へ

これまでのバイオテクノロジーは、自然界にある部品を探し出して借りる営みが中心でした。今回の研究は、その発想を「自然にない部品を、目的から逆算して設計する」段階へと押し進めています。もちろん、細胞の中で数倍うまく働いたからといって、明日すぐ治療に使えるわけではありません。安全性の確認や実用化には、これから長い検証が待っています。

それでも、遺伝子を切る道具そのものをAIと一緒に「創る」時代が始まったことは確かです。私たちが暮らす日常からは遠く感じるかもしれませんが、難病の治療や食料の安定供給といった課題は、いつか必ず私たちの生活に返ってきます。自然を手本にしていた人類が、その手本を書き足し始めた——その最初の一歩を、静かに見届けておきたいところです。