大勢が同時にしゃべる立食パーティーで、目の前の相手の声だけを聞き取ろうとして苦労した経験は誰にでもあるはずです。何百匹ものコウモリがひしめく洞窟の中は、この比ではありません。全員が超音波でしゃべり続け、しかもその声を頼りに真っ暗な空間を飛び回っているのですから。それなら混信でぶつかりそうなものですが、実際にはコウモリたちは器用に飛び交います。日本のコウモリを長年観察してきた研究チームが、その秘密の一端を突き止めました。「混み合う群れで暮らす日本のコウモリは、超音波の周波数を互いに近づけて騒がしいソナー問題を解決していた」という報告です。予想とは正反対の、声を「揃える」という戦略が見えてきました。
暗闇を「音で見る」コウモリの技
コウモリは、目ではなく音で世界を捉える数少ない動物です。夜に活動する種が多く、視覚だけには頼れないためです。口や鼻から人間には聞こえないほど高い超音波を出し、それが虫や木、洞窟の壁などに当たって跳ね返ってくる反射音を聞き取ります。この反射音、つまりエコーを分析することで、物体がどこにあり、どのくらい離れていて、動いているかどうかまで判断できます。これが反響定位と呼ばれる能力です。
今回の主役であるキクガシラコウモリは、その中でも少し変わったソナーを使います。多くのコウモリは鳴き始めから終わりまで周波数を変化させますが、キクガシラコウモリの声には、途中でほぼ一定の高さを保つ長い部分が含まれています。この安定した部分があるおかげで、近くの獲物やわずかな動きが生む反射音の細かな変化を、精密に聞き分けられるのです。
コウモリの聴覚は、ある狭い周波数帯にだけ極端に敏感になるよう特化しています。飛びながら獲物を追うとき、自分や相手の動きによって反射音の高さがずれるドップラー効果が起きますが、コウモリは自分の声の高さを調整して、返ってくるエコーが常に「一番よく聞こえる高さ」に収まるよう補正しています。救急車のサイレンが近づくと高く聞こえるあの現象を、コウモリは逆手に取っているわけです。
「ずらす」のではなく「揃える」
これほど精密な聴覚を持つからこそ、疑問が浮かびます。同じような周波数で鳴く仲間が近くに何百匹もいたら、声が重なって自分のエコーが埋もれてしまわないのでしょうか。
素直に考えれば、それぞれが少しずつ違う周波数を使い、互いに「かぶらない」ようにするのが賢いはずです。混信を避けるなら、周波数を散らすのが自然な発想でしょう。ところが同志社大学の研究チームが野生のキクガシラコウモリで確かめたところ、答えは真逆でした。
チームは野生の個体を同じ種の飼育集団に入れ、群れに加わる前と、約1か月一緒に過ごした後で、それぞれの超音波の周波数を測りました。使われたのは2008年から2024年までに15回の捕獲で集めた長期のデータです。すると、コウモリたちは周波数をばらばらに散らすのではなく、ゆっくりと共通の周波数へ寄せていくことがわかりました。
とりわけ顕著だったのは、もともと低い周波数で鳴いていた個体です。こうした個体は群れに入った後で周波数を高い方へ引き上げ、すでに高めだった個体はほとんど変えませんでした。さらに、野生の個体と飼育集団がはじめから似た周波数だった場合には、この調整は起きませんでした。個体差がはっきりあるときにだけ、コウモリは声を歩み寄らせるようなのです。
記者の視点:騒がしさの中に「静けさ」を作る発想
なぜ、わざわざ声をぶつけ合うように揃えるのでしょうか。研究チームは、これが「静かな周波数の窓」を生み出すためだと考えています。
多くのコウモリが同じ高さで鳴くと、背景の雑音はその高さより下の帯域にまとまります。結果として、その少し外側に雑音の少ない帯域が生まれ、動く虫が返す大切なエコーだけがくっきり浮かび上がるというわけです。冒頭の立食パーティーで言えば、全員がわざと同じ低い声量で話すことで、その上にぽっかりと静かな音域ができ、聞きたい声がそこに際立つようなものです。関連する研究では、この静かな帯域に人工的な雑音を加えると、獲物を見つける成功率が大きく下がることも示されています。
低い周波数の個体が声を上げて仲間に合わせるのは、この静けさの恩恵を最も受けられるからだと考えられます。もし調整しなければ、獲物からのエコーが高い周波数の仲間の声と重なってしまう。少し高い方へずらすことで衝突を減らしつつ、自分の獲物のエコーは聞き取りやすい帯域に保つ。個々の都合と群れ全体の秩序が、みごとに両立しているのです。
ここで面白いのは、これが号令や意思疎通ではなく、一匹ずつの微調整が積み重なって自然に生まれる協調だという点です。日本の身近な洞窟に暮らすコウモリが、人間の通信技術が悩む「混信」の問題を、これほど洗練された形で解いていたことに驚かされます。
洞窟の知恵が照らす未来の技術
コウモリの生物ソナーは、以前からロボットの距離センサーや音波探知の技術に着想を与えてきました。今回の「声を揃えて静けさを作る」という発想も、多数の機器が同じ空間で電波や音を出し合う場面に応用できるかもしれません。無数の車が信号をやり取りする自動運転や、部屋中の機器がつながる環境で、混信をどう避けるかは現実的な課題だからです。
大勢がひしめく洞窟という騒がしい世界を、コウモリたちは何万年もかけて生き抜いてきました。その解が「距離を取る」ではなく「歩み寄る」だったことは、私たちが技術や社会で混雑をさばくときのヒントにもなりそうです。次に夕暮れの空をコウモリがよぎるのを見かけたら、あの小さな体の中で、これほど緻密な音の駆け引きが繰り広げられていることを思い出してみてください。
