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広島の原爆が生んだ未知の金属 火球が一瞬で凍らせた7元素合金

私たちが手にするスプーンやハサミの金属は、工場で成分と温度をていねいに管理して作られています。人間がレシピを知っている金属だけが、この世界には存在する。そう考えるのが自然でしょう。ところが、誰もレシピを書かなかったのに生まれてしまった金属が、81年前の広島湾の砂の中に眠っていました。

科学ニュースメディアが報じた「広島の原爆が地球上でかつて見たことのない金属を生み出した」という研究は、1945年の一瞬の閃光が、実験室で意図的に再現するのがきわめて難しい特異な物質を残していたことを明らかにしました。その金属は何なのか、どうやって生まれ、なぜ科学者を驚かせているのか。順にたどってみます。

広島湾の砂粒に隠れていた「7つの金属」

見つかったのは、わずか10マイクロメートルほどの金属の粒でした。1マイクロメートルは1ミリの1000分の1ですから、髪の毛の断面よりもはるかに小さい世界の話です。

この粒は、鉄が約63%、クロムが約15%、ニッケルが約9%、ケイ素が約7%を占め、さらにモリブデン、マンガン、アルミニウムを含んでいました。実に7種類もの元素が一つの粒に溶け合っていたのです。ふつう金属は、性質の合うものどうしでなければきれいに混ざりません。相性の悪い金属を無理に混ぜても、冷えるときに分かれてしまいます。7つもの元素が仲良く並んだ状態は、人の手で狙って作るのが難しいものでした。

粒が見つかった場所も特別です。研究チームは、広島湾で採取した「ヒロシマイト」と呼ばれる球状の粒子を調べていました。ヒロシマイトは、原爆によって建物や金属、土壌、ガラスなどが高温で溶け、混ざり合って急激に冷えて固まった、ガラス質の小さな球です。原爆という出来事そのものが姿を変えて残った、いわば歴史の化石といえます。

原子を「複雑なまま」凍らせた火球の力

なぜ、こんな金属が生まれたのでしょうか。鍵は、原爆の火球が持っていた想像を絶する条件にあります。

原爆が爆発した直後、火球の温度は約7,000℃を超えたと見られています。太陽の表面がおよそ6,000℃ですから、それを上回る熱です。この熱が、鉄も、アルミも、銅を含む配線も、都市のあらゆる素材をまとめて蒸発させ、ばらばらの原子が飛び交うプラズマの雲に変えました。ふだんなら決して出会わない金属の原子たちが、ここで初めて混ざり合ったのです。

そして雲は、膨らみながらほんの数秒で急激に冷えました。この「急冷」が決定的でした。

秩序が整う前に時間切れになった構造

金属はゆっくり冷えると、原子が最も落ち着く単純な並び方に整っていきます。ところが広島の火球では、原子が本来の落ち着き先へ移動する暇もなく、あっという間に固まってしまいました。その結果、原子は複雑に組み合わさった特殊な並び方のまま凍りついたのです。

研究チームはこの構造を「AlAu₄型」と呼ばれる秩序をもった立方構造だと突き止めました。これは産業用の合金にも、これまで記録された爆発の生成物にも見当たらないものでした。比較のために調べた別の粒がありふれた並び方だったのに対し、この粒だけが特別だったのです。より安定した単純な形へ移りうる「準安定相」が、急冷によって固定され、約81年ものあいだそのまま保存されていたと考えられます。

記者の視点:被爆の痕跡から読み解く極限の物質科学

この発見を主導したのは、フィレンツェ大学の結晶学者ルカ・ビンディ氏らのチームです。ビンディ氏は以前、米国の核実験場に残ったガラスの中から自然界の準結晶を見つけた実績があり、極限環境が生む物質を追い続けてきた人物です。

ここで一つ、冷静に区別しておきたい点があります。今回見つかったのは、話題になりやすい「準結晶」そのものではなく、未知の秩序をもった合金だという点です。それでも科学的な意味は小さくありません。核爆発という条件は、温度も、混ざり方も、冷える速さも、実験室でそっくり再現するのがきわめて困難だからです。人類が引き起こした未曽有の被害の痕跡が、いま、極限状態での物質のふるまいを知る貴重な資料にもなっている。その事実を、静かに受け止めたいと思います。

日本にとって、広島は決して「実験場」ではなく、深い記憶が刻まれた場所です。その事実を踏まえたうえでなお、被害の痕跡を精密に読み解く科学が、極限状態での物質のふるまいという普遍的な知見をもたらしていることは、静かに注目すべきだと感じます。

まだ砂粒の中に眠る、名前のない物質たち

金属は人間がレシピを知っているものだけが存在する——広島湾で見つかった一粒は、その思い込みをやさしく覆します。

研究チームは、歴史的な核爆発の残骸の中には、今回のようなまだ知られていない準安定相が、微小な粒の中にいくつも隠れている可能性があると指摘しています。この視点は、隕石の衝突跡や火山の噴出物など、自然界の激しい現象が残した物質を調べるうえでも、新たな手がかりを与えるかもしれません。私たちの足もとや標本棚の小さな粒の中に、まだ名前のない構造が眠っている。そう考えると、ありふれて見える鉱物の一つひとつが、少しだけ違って見えてくるのではないでしょうか。