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テスラ「Dojo」中止の衝撃。AIチップ「AI6」で狙う”垂直統合”の全貌

自動運転技術で世界をリードするテスラが、AI(人工知能)開発戦略において大きな転換点を迎えました。

イーロン・マスクCEOは、テスラが自動運転プログラムの訓練用に開発してきたスーパーコンピューターProject Dojo」の開発を中止し、次世代AIチップ「AI6」に資源を集中させると明言しました。この動きは、海外メディアの「Elon Musk confirms Tesla AI6 chip is Project Dojo’s successor - Teslarati」でも報じられています。

これはテスラのAI開発にとって後退なのでしょうか? それとも、次なる飛躍への布石なのでしょうか?

本記事では、この戦略転換の背景と、AI6が「Dojo」の精神をいかに引き継ぐのかを解説します。さらに、この決定がテスラの完全自動運転(FSD)や、開発中の人型ロボット「Optimus」、自動運転タクシー「Cybercab」に与える影響についても掘り下げていきます。

Dojoプロジェクト終了の背景:選択と集中の戦略

テスラが「Project Dojo」の開発を終了した背景には、開発資源をより将来性のある技術へ集中させるという合理的な戦略があります。

イーロン・マスクCEOはX(旧Twitter)で、2つの異なるAIチップ設計に資源を分散させるのは合理的ではないと説明しました。「Dojo」は自動運転プログラムの訓練に特化していた一方、消費者向け製品への搭載は想定されていませんでした。それに対し、新しい「AI5」「AI6」チップは、訓練だけでなくテスラが展開する様々な製品への搭載が見込まれています。

この「選択と集中」こそが、テスラの次なる飛躍に向けた重要な一手なのです。

「AI6」はDojoの精神的後継「Dojo 3」

Dojoプロジェクトは終了しましたが、その思想や技術が完全に失われるわけではありません。マスクCEOは、新しい「AI5」「AI6」チップを用いた訓練戦略を非公式に「Dojo 3」と呼べると示唆し、「AI6」がDojoの精神的後継者であることを示しました。

この見方を裏付けたのが、元Apple、RivianのエンジニアであるPhil Beisel氏です。同氏は「AI6 is now Dojo(AI6が今やDojoである)」と指摘しました。

Beisel氏によれば、Dojoの核であったカスタムAIチップ「D1」と、新しい「AI5/AI6」チップは、設計の核となる要素を多く共有しています。具体的には、ニューラルネットワーク(人間の脳の働きを模した数理モデル)で多用される行列乗算といった数学演算や、高度な並列処理能力などです。

特に、Dojoが採用していたSystem-on-Wafer(SoW)という設計思想も重要です。これは、複数の半導体チップを単一のウェハー上に直接集積することで高性能化を図る技術で、この思想も多用途な「AI6」に引き継がれるとBeisel氏は分析しています。

マスクCEO自身もこの見解を「bullseye(的を射ている)」と肯定しており、テスラが確固たる方針で「AI6」に資源を集中させていることがうかがえます。

AI6が拓くテスラの未来:自動運転からロボティクスまで

では、Dojoの精神的後継者である「AI6」チップは、テスラにどのような未来をもたらすのでしょうか。最大の強みは、AIの「訓練」と「製品搭載」の両方を担う多用途性にあります。

まず「訓練」の面では、「AI6」チップをスーパーコンピュータークラスターで利用することで、ネットワーク配線の複雑さやコストを大幅に削減できるとマスク氏は指摘します。スーパーコンピュータークラスタとは、多数のコンピューターを高速ネットワークで連結し、あたかも一つの高性能なシステムとして機能させる仕組みです。これにより、AI開発の効率は飛躍的に向上する見込みです。

そして、より重要なのが「製品搭載」です。「AI6」チップは、テスラの根幹である完全自動運転(FSD)や運転支援システム(Autopilot)はもちろん、人間のように動くことを目指す人型ロボット「Optimus」、ハンドルやペダルのない自動運転タクシー「Cybercab」、次世代スポーツカー「Roadster」など、多岐にわたる製品の頭脳となる予定です。

これは、テスラがAI技術を自社製品全体の核として位置づけ、自動車メーカーという枠を超えて、ロボット工学や未来のモビリティ分野へと事業を拡大していくという強い意志の表れです。

テスラのAIチップ製造:サムスンとの提携と「AI6」の量産

この壮大な計画を実現するには、高性能なAIチップを安定して大量生産する体制が不可欠です。そこで鍵となるのが、韓国のサムスン電子との提携です。

テスラが設計する次世代AIチップ「AI6」は、サムスンテキサス州に建設中の新しい半導体製造施設で量産される予定です。

この提携は、テスラにとってまさにゲームチェンジャーと言えるでしょう。強力な製造パートナーを得ることで、AIチップの生産能力を大幅に拡大し、多様な製品への搭載を加速できます。

マスクCEO自身もこのプロジェクトに強い熱意を見せており、自らサムスンの製造ラインを視察し、生産速度の向上に注力する考えを示したと報じられています。最先端のAIチップを、信頼できるパートナーの最新工場で大規模に製造する。このサプライチェーンの確立は、競合他社に対する強力なアドバンテージとなるでしょう。

記者の視点:AIを軸とした「垂直統合」戦略の完成

「Project Dojo」の開発終了は、一見すると後退に見えるかもしれません。しかし、その本質はテスラが描く壮大な未来に向けた、より合理的で野心的な「選択と集中」です。

この戦略転換が示す最も重要な点は、テスラがAIを軸とした「垂直統合」モデルを完成させようとしていることです。垂直統合とは、製品開発に必要な「ハードウェア(車、ロボット)」「ソフトウェア(自動運転OS)」「半導体(AIチップ)」といった主要要素のすべてを、自社でコントロールするビジネスモデルを指します。

訓練に特化した「Dojo」から、訓練と製品搭載の両方を担う「AI6」への移行は、このモデルを加速させます。自社で集めた膨大な現実世界のデータで、自社設計のチップを用いてAIを訓練し、そのAIを自社製品に搭載してさらにデータを集める――この強力なサイクルは、自動車だけでなく、ロボットや未来の交通システム全体で回り始めます。このエコシステムこそ、他社が容易に模倣できないテスラの競争優位性の源泉となるでしょう。

テスラの挑戦が描く未来:AIは社会をどう変えるか

今回の戦略転換は、単なる一企業の技術戦略に留まりません。「AI6」チップが量産され、「Optimus」や「Cybercab」が社会に実装される未来は、私たちの働き方や移動の概念、ひいては社会のあり方そのものを大きく変える可能性を秘めています。

私たちが注目すべきは、テスラがこの強力なAIという「頭脳」を、次にどの製品へ搭載し、どのような新しい価値を社会に提案してくるかという点です。

「Project Dojo」という一つのプロジェクトの終わりは、テスラが自動車メーカーの枠組みを超え、「リアルワールドAIカンパニー」として本格的に始動する合図なのかもしれません。この歴史的な転換点から、今後も目が離せないでしょう。