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YouTubeのAI無断編集が波紋:「現実の変容」と問われる日本の信頼

YouTubeが、ユーザーに無断でAI(人工知能)を用いて動画、特にYouTube Shortsなどの短尺動画の編集を行っていたことが明らかになりました。このAI編集は、映像の鮮明化、ノイズ除去、肌や顔の微妙な補正など多岐にわたりますが、その変更はごくわずかなため、制作者であるYouTuber自身も気づきにくいほどだといいます。

BBCの記事「YouTube secretly used AI to edit people's videos. The results could bend reality」が報じたこの一件は、AIが私たちの認識する「現実」に介入し、目に見えない隔たりを生む可能性を示唆するものです。同時に、プラットフォームがクリエイターの意図に反してコンテンツを操作することが、彼らと視聴者の間に築かれた信頼関係を揺るがすのではないかという懸念も広がっています。

クリエイターの違和感と信頼の揺らぎ

このAIによる編集に最初に気づいた一人とされる人気音楽YouTuberのリック・ビート氏は、自身の動画で顔の印象や肌の質感が普段と微妙に違うことに気づきました。最初は「気のせいかな?」と思ったそうですが、よく見ると明らかな変化があったと言います。別のYouTuberであるレット・シュール氏も同様の現象を発見し、この件について投稿した動画は50万回以上再生され、大きな話題を呼びました。

シュール氏は、自身のコンテンツが無断で加工されることへの不満を表明しています。「もし、こんな風に映像が加工されることを望むなら、自分でやるべきだ。だが、もっと大きな問題は、AIが生成したように見えてしまうことだ。これは私自身や、私がインターネット上で行っていること、私の声を深く歪めていると思う。それは、ささやかな方法で視聴者との信頼関係を損なう可能性がある。ただ、それが私を悩ませているんだ」と語り、制作者の意図に反するAI編集が、作品の真実性やクリエイターと視聴者の信頼に影響を及ぼすことを強く懸念しています。

YouTubeの説明と専門家の見解:無断加工が問いかける透明性

YouTubeは、この取り組みについて「動画処理における伝統的な機械学習技術を用い、動画の鮮明化、ノイズ除去、およびクリアさの向上を図る実験的な取り組みだ」と説明しています。機械学習とは、大量のデータからパターンを学習し、予測や意思決定を行うAI技術の一分野です。YouTubeは、最近のスマートフォンが動画撮影時に行う処理に似ていると述べています。

しかし、この「許可なく」行われるAI編集に対し、米ピッツバーグ大学ディートリッヒ情報研究講座教授のサミュエル・ウーリー氏は、現代のスマートフォンに搭載されたAI機能とは全く異なる問題だと指摘します。「ユーザーは自分の携帯電話に何をさせたいか、どの機能をオンにするかについて決定を下せます。しかし、今回問題となっているのは、企業が主要なユーザーのコンテンツを、制作者の同意なしに一般の視聴者に配信するために操作しているという点です」。

ウーリー教授は、YouTubeが「機械学習」という言葉を使ったこと自体が、AI技術への懸念を背景に、その事実を曖昧にしようとする試みだと見ています。制作者の同意を得ないコンテンツ加工は、結果的に視聴者との信頼関係に深刻な影響を及ぼしかねないと、多くの専門家やクリエイターが警鐘を鳴らしています。

AIが曖昧にする「現実」の境界線

YouTubeの動画編集でAIが使われ、制作者でさえ気づきにくいほどの微妙な変化が起きていることは、AIが私たちの認識する「現実」に介入し、その境界線を曖昧にする可能性を示唆します。ノルウェーのベルゲン大学デジタルナラティブセンター教授のジル・ウォーカー・レトベルク氏は、この現象を「砂浜に残された足跡」に例えます。

「足跡を見れば、誰かがそこを通ったことがわかります。アナログカメラなら、フィルムが光に露出したことで、カメラの前に何かがあったとわかる。しかし、アルゴリズムとAIの場合、それが私たちの現実との関係に何をもたらすのでしょうか?」とレトベルク教授は問いかけます。AIによる加工が当たり前になるにつれて、何が「本物」で何が「加工されたもの」なのか、その区別はより一層つきにくくなるでしょう。

身近なAI活用例:見えない「改変」の日常

AIによる加工はYouTubeの動画編集に限定される話ではありません。すでに私たちの日常に深く浸透しており、様々な形で「現実」の認識に影響を与えています。

  • Samsungスマートフォン: 月を撮影した写真にAIで細部を補正・加工していたことが判明しました。月面のクレーターなどのディテールが、AIによってより鮮明に、あるいは実際とは少し異なる形で再現されていたのです。
  • Google Pixelの「ベストテイク」機能: 複数の写真から写っている人たちの最高の表情だけを合成し、実際には存在しない「完璧な瞬間」を作り出すことができます。集合写真で「みんな良い表情」の奇跡の一枚が生まれるのは、この機能のおかげかもしれません。
  • Google Pixelのズーム機能: 最新のPixelシリーズでは、物理的なカメラの限界を超え、なんと100倍までズームすることが可能です。これは、AIが映像を補間・拡大することで実現されています。
  • Netflix配信ドラマのAIリマスター: 2025年3月頃、Netflixで配信された海外ドラマ『コスビー・ショー』や『ア・ディファレント・ワールド』のAIリマスター版で、顔の歪みや背景の異変が指摘されました。1980年代の映像がHD画質で蘇るのは素晴らしいことですが、AIが意図せず「現実」を歪めてしまう例として話題になりました。

私たちが日常的に目にしている写真や映像といったあらゆるメディアに、AIはすでに深く浸透しています。もしかしたら、今見ている「現実」だと思っているものも、実はAIによって何らかの形で加工・補正されているのかもしれません。

AIの進化が加速させる「真贋を見抜く目」の必要性

約30年前に画像編集ソフト「フォトショップ」が登場したときも、社会に大きな影響を与え、「現実が歪められるのではないか」という議論が巻き起こりました。その後も、雑誌のモデルの画像修正やスマートフォンのビューティーフィルターなどで、AIや画像加工技術が使われることへの懸念は絶えません。しかし、ピッツバーグ大学のサミュエル・ウーリー教授は、AIはこれらのトレンドをさらに加速させ、まさに「ステロイド漬け」にしていると語ります。

Googleのような大手テック企業でさえ、AIによる編集が行われたことを示すコンテンツ認証の仕組みを導入するなど、この問題の重要性を認識しています。コンテンツ認証とは、画像や動画がAIによって生成・編集されたものであることを明示するためのデジタル透かしやメタデータ付与の技術です。

しかし、YouTubeのように制作者に知らせずにAIで動画を編集する行為は、私たちがオンラインで信頼できる情報とは何か、その境界線を曖昧にしてしまう恐れがあります。ウーリー教授は「このYouTubeの事例は、AIがいかに私たちの生活と現実を定義する媒体となりつつあるかを浮き彫りにしています」と述べ、「人々はすでにソーシャルメディア上で目にするコンテンツに不信感を抱いています。企業がコンテンツ制作者にさえ知らせずに、トップダウンでコンテンツを編集していると知ったら、どうなるでしょうか?」と警鐘を鳴らしています。

記者の視点:見えない「便利」の代償

YouTubeは今回のAI編集を「品質向上のための実験」と説明しましたが、問題の本質は技術そのものではなく、「誰にも知らせずに行われた」というプロセスにあります。たとえAIによる補正がごくわずかで、多くの人が気づかないレベルだとしても、作り手の意図しない形で作品に手が加えられることは、クリエイターと視聴者の間に築かれた信頼関係を静かに蝕んでいく危険性をはらみます。

私たちはスマートフォンのカメラアプリなどで、日常的にAIによる補正の恩恵を享受していますが、それは私たちがその機能の存在を知り、自ら選択しているという前提があるからです。今回のYouTubeの件は、その前提を覆し、プラットフォームという強大な力が、私たちの「現実」の定義を一方的に変えかねないという可能性を示唆しています。この「見えない編集」は、今後あらゆるサービスに広がるかもしれません。私たちは「便利さ」と引き換えに、何を失いつつあるのか、一度立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。

AIとの共存へ:透明性、リテラシー、そして対話

YouTubeの事例は、AIによる動画や画像の編集が「当たり前」となる時代において、プラットフォームが一方的にコンテンツを操作することの是非を私たちに問いかけています。画質の向上といったポジティブな側面がある一方で、制作者に無断でAI編集が行われることへの不信感は高まるばかりです。私たちの目に映る「現実」が、知らず知らずのうちにAIによって作り変えられていく中で、いかに信頼を維持していくかが大きな課題となります。

日本でも同様のAI活用が進む可能性を考えると、私たちが普段目にするコンテンツが知らず知らずのうちにAIで加工されているかもしれないという視点を持つことが重要です。今後、AIによる加工がより一般的になるにつれて、私たち自身が「これはAIによって加工されたものか、それとも本物か」を見抜くためのリテラシー(情報活用能力)、いわば「デジタル時代の真贋を見抜く目」を養っていくことが不可欠です。

同時に、プラットフォームには、AI技術を利用する際の透明性の確保が強く求められます。AIによる編集が行われている場合はその事実を明記し、クリエイターや視聴者がON/OFFを選択できるような仕組みを設けるべきです。Googleが導入を進めるコンテンツ認証のような取り組みが、業界全体の標準となることが期待されます。

一方で、一部のクリエイターは、YouTubeの取り組みを肯定的に捉えています。人気YouTuberのリック・ビート氏は「YouTubeは常に新しいツールを開発し、様々な実験を行っています」と語ります。「彼らは業界最高水準の企業で、私は良いことしか言えません。YouTubeは私の人生を変えました」。こうした多角的な意見も踏まえ、AI技術の利便性と信頼性の両面から議論を深める必要があります。

AIは、私たちの生活に欠かせないツールとなりつつあります。YouTubeの事例は、AIとの共存社会において、どのような視点を持つべきかを改めて考えさせるきっかけとなるでしょう。テクノロジーに全てを委ねるのではなく、私たち一人ひとりが主体的に関わっていくことこそが、AIと共存する未来をより良いものにしていく鍵となるはずです。