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赤ちゃんの「喃語」は言葉の始まり:サルにも共通する脳の発達と親子の対話

赤ちゃんが発する喃語(なんご)に、親が優しく応える。この親子のやり取りは、言語習得の第一歩です。実はこのプロセスは人間だけのものではありません。南米の熱帯雨林に生息する小型のサル、マーモセットも、鳴き声を通じてコミュニケーションを学びます。彼らは人間と同じように、聞いた音を真似て自分の声を調整する発声学習(vocal learning)という珍しい能力を持っています。この驚くべき共通点の背景には、乳児期に脳が通常より速く発達する「急速に成長する脳」が関係している可能性が指摘されています。

プリンストン大学の研究チームが発表した「Fast-growing brains may explain how humans—and marmosets—learn to talk」という研究は、この謎に迫るものです。本記事では、人間と遠い親戚であるマーモセットが、なぜ似た発声学習の戦略を進化させたのか、乳児期の脳の発達と社会的な環境がどのように影響し合うのかを解き明かしていきます。

マーモセットにも見られる「喃語期」と親からの学習

マーモセットは、森の木々の間で離れていても互いの居場所を知らせるために、甲高い鳴き声を使います。プリンストン大学神経科学者、Asif Ghazanfar教授らの研究チームは、野生のマーモセットを観察する中で、驚くべき事実を発見しました。

それは、マーモセットの赤ちゃんも人間の子どもと同じように「喃語期」を経て鳴き声を学ぶということです。生まれたばかりのマーモセットの鳴き声は不規則ですが、成長するにつれて大人と同じような笛のような音へと変化します。さらに研究者たちは、喃語を発している最中に親からの応答を多く受け取った赤ちゃんほど、大人の鳴き声をより早く、上手に習得することを発見しました。

この研究は、Asif Ghazanfar教授が、当時ポスドク研究員だったDaniel Takahashi氏(現・ブラジル、リオグランデ・ド・ノルテ連邦大学)と共同で2015年と2017年に発表したもので、人間以外の霊長類で発声学習の証拠を初めて示した重要な成果となりました。

なぜマーモセットと人間は似た学習方法を進化させたのか?

人間とマーモセットは、霊長類の系統樹の上では約4000万年も前に分岐した遠い親戚です。にもかかわらず、なぜ発声学習という似た能力を発達させたのでしょうか。その鍵は、乳児期における脳の発達パターンにあると考えられています。

脳の発達スピードと乳児期の役割

プリンストン大学の研究チームは、本研究の筆頭著者である博士課程学生Renata Biazzi氏を中心に、人間、マーモセット、チンパンジー、そしてアカゲザルの4種の霊長類について、脳の発達データを分析しました。比較対象となったアカゲザルは、Rh式血液型の「Rh」の由来にもなったことで知られるサルです。

この分析から、人間とマーモセットの脳には、特に生後間もない乳児期において、他の霊長類より著しく速く成長するという共通の特徴が明らかになりました。この急速な成長の大部分は胎児期ではなく、生まれた後の乳児期に起こります。

  • 人間とマーモセット: 脳の大部分が、誕生前後から乳児期にかけて急速に成長する。
  • チンパンジーアカゲザル: 脳の成長は、主に胎児期に集中している。

社会的環境が学習に与える影響

脳が急速に発達する乳児期は、人間もマーモセットも、非常に社会的な時期と重なります。マーモセットの母親は単独ではなく、家族や仲間といった複数の「世話役」と一緒に子育てを行います。幼獣は、鳴き声一つひとつに対して大人たちから様々な応答を受け取るのです。

脳が未熟なまま成長を続ける乳児期には、生まれた環境、つまり周囲との関わりが、その後の学習に非常に大きな影響を与えることを意味します。この「急速な脳の成長」と「社会的な関わり」の組み合わせが、発声学習能力を発達させるための土台となっていると考えられます。

記者の視点:今後の研究への期待

今回の研究は、人間とマーモセットの乳児期における発声学習の類似性を明らかにしましたが、まだ多くの謎が残されており、今後の研究に期待が寄せられています。

「赤ちゃん言葉」の秘密に迫る

人間が赤ちゃんに話しかける際に使う、高くて優しい声色の「赤ちゃん言葉」。この独特の話し方が、赤ちゃんの言語習得を助けることはよく知られています。では、この「赤ちゃん言葉」のようなコミュニケーションは、マーモセットにも見られるのでしょうか。

研究チームは今後、大人のマーモセットが赤ちゃんと交流する際に、特別な鳴き方をしているのかを調べる予定です。もしマーモセットにも「赤ちゃん言葉」のようなものが存在すれば、社会的な相互作用が発声学習の初期段階でいかに重要であるかが、さらに明らかになるでしょう。

柔軟な脳の役割の解明

人間とマーモセットが共通して持つ「急速に成長する脳」という特徴。この柔軟な時期に、社会的な刺激がどのように作用し、発声学習能力の発達に影響を与えるのか、今後の研究でさらに詳しく解明されていくことが期待されます。言語学習の世界にはまだ多くの謎が残されており、これからの研究がさらに驚くべき発見をもたらしてくれるはずです。

言葉の起源へ:脳と社会が織りなす発達の物語

今回のマーモセットの研究は、人間が持つ「言葉を話す能力」が、単に特別な才能なのではなく、乳児期の急速に成長する脳と、それを育む社会的な対話が組み合わさることで培われる、普遍的なメカニズムに基づいていることを示唆しています。

この研究が示すのは、言語習得の鍵が、実は私たちの身近な日常にあるということです。赤ちゃんが喃語を発し、それに親が優しく応える――この一見当たり前のような親子のやり取りが、脳の発達と密接に連携し、やがて意味のある言葉へと繋がる土台を築いているのです。

赤ちゃんの言葉に耳を傾け、積極的に応えること。この研究は、そんな日常のやり取りこそが、言語能力を育む上で計り知れない価値を持つことを科学的に裏付けています。人間とマーモセット、進化の枝の遠くで分かれた2つの種が示すこの共通点は、私たちが当たり前だと思っている「言葉」が、遺伝子だけで決まるのではなく、環境との相互作用の中でダイナミックに形作られることを教えてくれます。赤ちゃんの小さな声に耳を傾ける瞬間が、未来の言葉を紡ぎ出す、最も大切な一歩となるのです。