日常の生活の中で「宇宙」と聞くと遠い話に感じる方も多いかもしれません。しかし、いまや宇宙開発は私たちのスマートフォンのGPSや災害時の衛星通信など、身近な暮らしに大きな影響を与えています。その裏側で、世界の宇宙産業は静かに、しかし確実にダイナミックに動いています。
今回は"Rocket Report: SpaceX’s 500th Falcon launch; why did UK’s Reaction Engines fail?"(Ars Technica)を取り上げます。この記事は、米国SpaceX社のFalconシリーズロケットが500回目の打ち上げという歴史的マイルストーンに到達したこと、そしてイギリスのReaction Engines社が長年開発していた革新的エンジン「SABRE」を完成させられずに破綻に至った経緯を詳しく取り上げています。宇宙産業の明と暗、その舞台裏に何があるのか、日本の立場からも考察してみたいと思いました。
SpaceXのFalconロケット500回打ち上げの意義
史上最多級の打ち上げ記録
SpaceX社のFalconロケット(Falcon 1、Falcon 9、Falcon Heavy)は、2025年6月に通算500回目の軌道投入打ち上げを達成しました。これはアメリカの宇宙ロケットとして最多記録の一つです。
なお、記念すべき最初のFalcon 9の打ち上げは2010年6月4日。以来、15年間でここまでのペースに至っています。ちなみに、現在までアメリカの最多打ち上げ回数を誇るのはAtlasロケットシリーズで、初回は冷戦期のICBMとしての使用を含め684回ですが、Falconファミリーは2026年にはこれを抜く勢いです。
Falcon 9の特徴と再利用性
Falcon 9は「部分再使用型」と呼ばれ、第一段のブースターが地上に帰還して再利用されるのが大きな特徴です。この仕組みにより打ち上げコスト削減、打ち上げ回数増加、環境負荷の軽減など、多大なメリットがあります。「同じロケットを繰り返し使える」というのは、たとえば新幹線を毎回使い捨てにするのではなく、整備して何度も走らせるのと同じ発想です。
また、Falcon 9とFalcon Heavyの両方で使われるMerlin(マーリン)エンジンという独自のエンジン技術を活用し、所在基地(東はフロリダ・西はカリフォルニア)から高頻度で打ち上げを行っています。
宇宙ビジネスの流れを変えた
かつては政府主導の大型ロケットが主流でしたが、Falconシリーズの登場により、商業ベース・民間主導での打ち上げビジネスが一気に加速しました。実際、SpaceXは軍事衛星(たとえば最新のGPS III衛星)、通信衛星ネットワーク(Starlink)、有人宇宙船輸送(Dragon)など、多様な顧客のニーズに応えています。
2025年には「今年68回目」のFalcon 9打ち上げも記録され、驚異の高稼働率と信頼性が証明されました。
日本への影響
英Reaction Engines社「SABRE」挫折の真実
SABREとは何か?
SABRE(Synergetic Air Breathing Rocket Engine)は、イギリスReaction Engines社が開発してきた「空気吸い込み型ロケットエンジン」です。
このエンジンは「空気呼吸」と「ロケット噴射」を状況に応じて切り替えることで、
- 空気のある大気圏内は航空機のように酸素を取り込んで燃焼(燃料効率大幅向上)
- 宇宙空間は従来通りロケットエンジンとして作動
という画期的な機構を備えていました。
将来的には「宇宙往復機(スペースプレーン)」を実現し、飛行機のように滑走路から水平離着陸できる夢のエンジンと目されていました。
特に「単段式宇宙到達機(Single-Stage-To-Orbit)」の可能性を秘め、宇宙へのアクセスコストを劇的に下げる起爆剤として、英国内外の期待も大きいものでした。
何が失敗の要因だったのか
- 資金調達の壁
- ベンチャーキャピタルや大手投資家の関心が思うように集まらなかった。
- SpaceXのように短期間で商業成果を出せない研究開発型ベンチャーの限界。
- 時代のタイミング
- 35年前の創業当時は商用宇宙アクセス市場が成立しておらず、先駆け過ぎていた。
- 成果が出るまでに資本体力が持たなかった。
- 技術的な困難とリスク評価
結果として、2024年には約200人の社員を抱えていましたが、資金繰りの悪化から会社は倒産・全員解雇という結末になりました。
日本への教訓
- 日本の宇宙ベンチャー(たとえばスペースワン、インターステラテクノロジズなど)にとっても、「革新技術VS現実的収益化」の壁は極めてリアルな問題。
- 大型研究開発型ベンチャーの持続性や、国・産業界・投資家の長期的なサポート体制構築が課題です。
商業宇宙&行政の最新動向
宇宙軍契約の新潮流
米軍(Space Force)は2024年、Amentum社(旧Jacobs社)に最大10年・40億ドル(約5800億円)規模で打ち上げ基地運営・インフラ近代化を発注しました。
特徴は「商業ロケット会社が必要なサービスを自ら直接・自由に発注し、そのコストを負担」する市場型運用に移行したこと。これにより、民間企業の主体性・スピードが一層重視される形になります。
新興企業Impulse Spaceの台頭
SpaceXの元エンジニアが創業したImpulse Space社は、近年大型資金調達(直近3億ドル/約434億円)に成功し、軌道輸送車(Mira、Helios等)の開発・実証を推進。Heliosエンジンは約6,800 kgの推力で大型ペイロードを短時間で高軌道へ運ぶ能力が注目されています。
NASA予算・宇宙政策の揺れ
アメリカでは宇宙核推進プロジェクト(DRACO)が、トランプ政権予算の削減方針で中止されるなど、国家主導の基礎研究・大規模テクノロジー開発の行方も不透明になりつつあります。
地域社会と宇宙開発の摩擦
SpaceXの主要拠点となったテキサスの「Starbase」市創設の動き、米軍の貨物ロケット基地建設に対する環境保護団体からの訴訟といった、宇宙開発と地元コミュニティ・環境問題の摩擦も顕在化しています。
独自の視点・考察
商業主導VS国家主導の最適バランスは?
商業ビジネスがリードする現代の宇宙産業は、効率やスピード、イノベーションには強い一方、「基礎科学」や「時間のかかる超先端技術」の持続的開発には弱い側面があります。SABREのような長期的なブレイクスルー型技術をどのように守り・育てるかは、先行例に学ぶ必要があります。
日本の立ち位置と提案
- 日本の宇宙産業も「基礎技術投資への制度的支援」と「商業競争力強化」の両輪が不可欠。
- 国家と産業界主導+ベンチャー支援という多層的な投資・ガバナンスが望ましい。
- 革新的ベンチャーが成果を出すまで支え合う、産官学連携・投資家の“長期眼”の醸成を提言したいところです。
宇宙ビジネスの明暗、その先にあるもの
- SpaceXによるFalconシリーズの500回打ち上げは、宇宙産業の商業化・民間化の歴史的転換点。
- 一方、英Reaction Enginesの倒産は、革新的技術の長期開発と市場性維持の難しさを象徴。
- 宇宙軍契約や新興企業の資金調達活発化など、今後も民間主体の転換加速が予想される。
- 商業成果に適う領域と、国家・公的資金が支えるべき領域の合理的なすみ分けが必要。
- 日本は技術力・開発体制の面で取り残されぬよう、支援制度や産業構造改革が急務。
これから宇宙は「特別な人のもの」から「日々の生活に根ざす基盤インフラ」へ。日本の宇宙産業も今こそ次の一歩を考える時ではないでしょうか。