宇宙の奥深くで、これまでの物理学の常識を覆す可能性を秘めた巨大なブラックホールが誕生したことが、最新の観測で明らかになりました。
アメリカのLIGO(レーザー干渉計重力波天文台)などが参加する国際的な重力波観測ネットワーク「LVK」は、2つのブラックホールの合体により、観測史上最大となる太陽質量の約255倍ものブラックホールが生まれたと発表。この発見は、現在の物理学の根幹をなす恒星の進化モデルそのものに、大きな疑問を投げかけています。
一体、この史上最大のブラックホールはどのようにして生まれ、私たちの宇宙観にどのような影響を与えるのでしょうか。本記事では、科学メディア『Popular Mechanics』のニュースを基に、この驚くべき発見の背景と、それが科学に突きつける課題を分かりやすく解説します。
史上最大のブラックホール合体「GW231123」
この歴史的なイベントは、2023年11月23日に検出されたことにちなんで「GW231123」と名付けられました。これまでの記録をはるかに超える質量のブラックホールが誕生した、まさに宇宙物理学上の大事件です。
規格外の巨大ブラックホール誕生の瞬間
GW231123は、2つのブラックホールが激しく合体する際に発生した「重力波」を観測することで発見されました。重力波とは、アインシュタインの一般相対性理論で予言された、時空のさざ波のことです。この合体で生まれた新しいブラックホールの質量は、実に太陽の約255倍にも達します。これは、これまでの記録だったGW190521(太陽質量の約140倍)を大幅に更新する驚異的な大きさです。
宇宙のさざ波を捉えるLVKネットワーク
2015年、アメリカのLIGOが世界で初めて重力波を直接観測するという歴史的偉業を成し遂げました。このときの合体でも、太陽の約62倍の質量のブラックホールが生成されています。その後、LIGOはイタリアのVirgoや日本のKAGRAと協力して国際的な「LVKネットワーク」を形成し、観測能力を飛躍的に向上させてきました。LVKはこれまでに数百件ものブラックホールや中性子星の合体といった極限現象を捉え、今や私たちの宇宙理解に不可欠な存在となっています。
なぜ「ありえない」のか?恒星進化論への挑戦
では、なぜこの発見はこれほど大きな衝撃を与えているのでしょうか。その鍵は、星の一生を説明する「恒星進化論」と、その理論が予測する「アッパーマスギャップ」という概念にあります。現在の理論では、これほど巨大なブラックホールの形成は極めて難しいと考えられているのです。
恒星進化論の「壁」:アッパーマスギャップ
現在の恒星進化論では、質量の大きな星が一生の最後に「超新星」という大爆発を起こし、その中心にブラックホールや中性子星が残ると考えられています。しかし、この理論には「アッパーマスギャップ」と呼ばれる厄介な「壁」が存在します。
これは、太陽質量の約45倍から130倍の星が超新星爆発を起こす際、爆発の勢いが強すぎるために中心核まで吹き飛ばされ、結果としてブラックホールが残らない、とされる理論上の質量範囲です。つまり、この範囲の質量を持つブラックホールは、単一の星からは「生まれない」はずでした。
禁じられた領域に存在する「前駆ブラックホール」
今回観測されたGW231123は、2つのブラックホールが合体して誕生しました。合体前のブラックホールの質量は、それぞれ太陽の約100倍と約140倍と推定されています。このうち「約100倍」という質量が、アッパーマスギャップ内に位置する可能性があるのです。
カーディフ大学の物理学者でLVKコラボレーションのメンバーでもあるマーク・ハナム氏は、「この質量のブラックホールは、標準的な恒星進化モデルでは形成が禁じられている」と指摘します。この矛盾を説明するため、ハナム氏は「より小さなブラックホールが過去に合体を繰り返して成長し、今回の巨大ブラックホールの前駆体(ぜんくたい)になった」というシナリオを挙げています。この仮説が正しければ、ブラックホールの成長過程について新たな理解がもたらされることになります。
高速回転するブラックホールという新たな謎
GW231123がもたらした驚きは、その巨大さだけではありません。この合体イベントで観測されたブラックホールは、理論上の上限速度の80〜90%という、極めて速いスピードで回転していることが明らかになりました。これは、これまで観測されたブラックホールの中でも最速クラスです。
ポーツマス大学の研究者でLVKのメンバーであるチャーリー・ホイ氏は、「ブラックホールがこれほど速く回転していると、観測データから得られる重力波信号の分析において、理論モデルの解釈が非常に難しくなる」とコメントしています。
アインシュタイン理論の限界に迫る回転
ブラックホールの回転速度は、アインシュタインの一般相対性理論によって上限が定められています。今回観測された回転速度は、この理論的な限界に極めて近いものです。なぜこれほど高速で回転しているのか、その理由はまだ解明されていません。しかし、このような極端な天体は、ブラックホールの性質を記述する理論モデルの限界を試す上で、格好の研究対象となります。
観測技術と理論の発展への期待
LIGOをはじめとする重力波検出器は日々感度を高めていますが、GW231123のような微弱かつ複雑な信号を正確に捉えることは、依然として大きな挑戦です。今回の観測では、合体の瞬間をわずか0.1秒ほどしか捉えられなかったとされており、さらなる技術開発の必要性を示唆しています。
まさにチャーリー・ホイ氏が言うように、この高速回転ブラックホールは「理論を発展させるための素晴らしいケーススタディ」なのです。最先端科学が直面する「難問」は、科学がいかに探求的で、常に未知へ挑戦し続けているかを実感させてくれます。
GW231123が拓く物理学の新たな地平
観測史上最大質量の更新というだけでなく、GW231123は「規格外の質量」と「限界ぎりぎりの高速回転」という2つの大きな謎を物理学に突きつけました。これは既存の理論を見直す、あるいは新たな理論を構築する契機となるかもしれません。
「小さなブラックホールが合体を繰り返して大きくなった」という仮説が正しいのか、それとも全く新しい物理法則が隠されているのか。今後のLVKネットワークによる観測で、GW231123のような天体がさらに見つかれば、その謎を解き明かすヒントが得られるはずです。
アインシュタインがその存在を予言してから約100年を経て初めて観測された重力波は、今や宇宙の謎を解き明かす不可欠なツールとなりました。今日の「謎」が明日の「常識」へと変わる科学のダイナミズムを、GW231123は改めて示してくれています。宇宙の物語は、まだ始まったばかりです。
