日本の民間月面探査企業であるispaceの月着陸船「Resilience」の月面着陸が再び失敗したというニュースは、多くの日本人にとって残念な結果となりました。今回のミッション2における着陸失敗は、前回とは異なる原因によるものであると指摘されています。一体何が原因だったのか、そして今後のispaceの挑戦はどうなるのか。本稿では、SpaceNewsの記事Laser rangefinder problems blamed for second ispace lunar lander crashでのispace社の発表に基づき、その詳細を解説します。
レーザー距離計に何が起きた?
ispace社のミッション2で使用された月着陸船「Resilience」の月面着陸失敗の主な原因として、レーザー距離計と呼ばれる特定のセンサーに問題があったことが判明しました。
宇宙船の「目」となる重要なセンサー、レーザー距離計
レーザー距離計は、宇宙船が月面に接近する際、その高度を正確に測定するために不可欠なセンサーです。月面への安全な着陸には、月面からの正確な距離を把握することが極めて重要であり、月面という厳しい環境下での高精度な測定能力が求められます。例えるなら、車のバックモニターや駐車センサーのようなものですが、月面という非常に厳しい環境で機能しなければなりません。
計画外の不具合発生
ispace社の発表によると、このレーザー距離計は月面から約3kmの高度に到達した時点で高度データを送信し、着陸のためのエンジンを適切なタイミングで作動させるよう設計されていました。しかし、今回のミッションでは、着陸船が月面から約900mに接近するまで最初の高度データが送信されず、本来の設計よりもはるかに低い高度での作動となりました。
想定外の高速降下と月面への衝突
高度データの取得が遅れたため、着陸船は急激な減速を試みたものの、その時点ですでに降下速度は計画を大幅に上回っていました。計画では秒速44メートルでしたが、実際には秒速66メートルで降下しており、月面への安全な着陸に必要な減速が間に合わない危険な状況でした。
最後に通信されたデータでは、着陸船は月面から192mの高度で秒速42メートルで降下を継続していたことが判明しています。その後、NASAの月周回衛星「Lunar Reconnaissance Orbiter」が捉えた画像から、着陸予定地点からわずかにずれた場所に直径約16メートルの新しいクレーターが確認されており、これが「Resilience」の墜落現場と特定されています。
ハードウェア問題の可能性と複合要因
ispace社の担当者によると、ソフトウェアや推進システムに問題は見当たらず、原因はレーザー距離計のハードウェアにある可能性が高いとされています。ただし、具体的なハードウェアの問題や、複数の要因が複合的に作用したのかは、現時点では特定できていません。月面の特性(レーザーの反射率)、レーザー自体のパワー低下、高速動作時の性能低下、宇宙空間の真空や放射線といった環境要因などが考えられます。
前回とは異なる原因
なお、2023年のミッション1での失敗原因はソフトウェアの問題でしたが、今回のミッション2で搭載されていたソフトウェア自体に問題はなかったことが確認されています。ミッション1で用いられたレーザー距離計とは異なる新しいモデルが採用されており、この機種が十分に飛行前試験(pre-flight tests)を経ておらず、その性能や宇宙環境への適応力が未知数であった点が、今回の問題の一因として指摘されています。
日本の宇宙開発の未来とispaceの挑戦:失敗を乗り越え、次なる一歩へ
日本の民間月面探査企業ispaceの挑戦は、度重なる困難に直面しながらも、日本の宇宙開発全体の未来に大きな影響を与え続けています。今回のミッション2での失敗から得られた貴重な経験は、ispaceがどのように技術を向上させ、信頼を取り戻し、そして日本の宇宙開発がこれからどのように進化していくのかを示唆しています。
失敗からの学びと技術革新への投資
今回のミッション2で明らかになったレーザー距離計の問題は、ispaceにとって重要な教訓となりました。同社は約15億円(約1030万ドル)という追加費用を投じ、この教訓を次世代技術への投資と捉えています。具体的には、レーザー距離計の性能をさらに高めるための試験計画を強化し、高速降下や月面の低い反射率といった厳しい条件でのセンサー動作をより正確に評価します。さらに、レーザー距離計だけに頼らず、LiDARやカメラといった別のセンサーを追加で搭載することも検討しています。これらのセンサーを組み合わせることで、着陸船が自身の位置を把握し、安全に着陸するための地形相対航法(Terrain Relative Navigation)という技術の精度を飛躍的に向上させます。これにより、将来のより複雑なミッションにも対応できる堅牢なシステムが構築されることを目指します。例えるなら、車の運転でナビゲーションシステムに頼るだけでなく、バックモニターや車のセンサーも併用して、より安全に駐車するようなイメージです。複数の目で周囲を確認することで、万が一一つのセンサーに問題が起きても、別のセンサーがカバーしてくれるようになります。
国際協調と国内技術力のシナジー
ispaceは、今回の経験を活かすため、新たな「外部レビューボード」を設置しました。このボードには、NASAやJAXAといった宇宙開発の経験豊富な専門家が参加し、技術的な課題の特定や解決策の検討において、貴重な知見を提供します。JAXAとの協力関係をさらに深めることは、日本の宇宙開発全体の技術基盤を底上げする可能性も秘めています。国が主導する機関と民間企業が協力し、それぞれの強みを活かすことで、日本全体の宇宙開発能力の向上が期待できます。このような国際的な知見の活用と国内技術力の融合は、日本の宇宙開発が単独で行うのではなく、世界と協力しながら進歩していく未来を示唆しています。
日本の民間宇宙開発の「チャレンジャー」としてのispace
ispace社は、日本の民間宇宙開発における先駆者であり、「チャレンジャー」としての役割を担っています。過去のGoogle Lunar X Prizeへの参加から、独自の月着陸船による今回の「Resilience」ミッションに至るまでの挑戦は、多くの困難を伴いながらも、着実に技術を蓄積してきました。たとえ目標達成に至らなかったとしても、その過程で得られたデータや知見は、日本の宇宙開発にとって非常に貴重な財産となります。
ispace社の最高経営責任者(CEO)である袴田武史氏は、「私たちはこの失敗を非常に重く受け止めていますが、最も重要なことは、挑戦し続けることです。失敗はありますが、システムを改善し続けます」と語っています。こうした諦めずに挑戦し続ける姿勢は、今後のミッションスケジュール、例えばispace U.S.がDraperのために開発している着陸船を用いるミッション3や、日本製着陸船が使われるミッション4(いずれも2027年打ち上げ予定)にも反映されています。
ispaceの挑戦は、日本の宇宙開発が、これまで政府機関が中心となって進めてきたものから、民間企業が独自のアイデアと技術で道を切り開く時代へと移行していることを鮮明に示しています。今回の失敗を乗り越え、さらなる技術革新と国際協力を進めることで、日本は月面探査だけでなく、宇宙資源開発や宇宙旅行といった、より広範な宇宙ビジネスの分野でも、世界のリーダーとなる可能性を秘めています。宇宙は広大で、未知の可能性に満ちています。ispace社の今後の挑戦は、日本の宇宙開発の未来を占う試金石となるはずです。彼らの次なる一歩に、引き続き注目していきましょう。
